« 不安がぬぐえない | トップページ | 父とガチャ子さん その2 「おねーこさん」「なーに」 »

2010年6月 9日 (水)

父とガチャ子さん その1 名前を呼んでもらった唯一の猫

 わが家の一員として一緒に暮らした猫は、ガチャ子さんで三匹目。ほかの二匹は雄猫でした。男同士ということで張り合う気持ちがあったのかどうかはわかりませんが、雄猫たちと父との相性は良くなく、猫たちは父の気配を感じるやいなや、机の下やタンスの上に避難するのが常でした。父が彼らをいじめたりしつこくからかったりすることは一度もなかったのですが。
 自分のことを敬遠する猫を追いかけ回して構うようなことをする父ではありませんでした。自然と雄猫たちと父の関係はクールなものとなり、彼らは一度も父から名前を呼んでもらったことはありませんでした。父はいつも「猫」と彼らを呼んでいました。

 それでも、二匹目の雄猫が死んだとき、「猫は気持ちがわかる動物だから、死なれると嫌なんだよな」と言っていましたけれど。

 一方、人間大好きのガチャ子さんは、相手が誰であろうとかまってかまってと寄っていきます。もちろん、父にも分け隔て無くフレンドリーな態度で接していました。

 我々家族の前では、ことさらに動物好きという態度を見せることはありませんでしたが、隠れ動物好きの父は、「杖の下に回る犬は打てぬ」、ましてやすり寄ってくる猫を邪険にできるわけがありません。
 ガチャ子さんが家に来てしばらく後のことでした。外出から戻ったことを伝えようと、父の部屋を訪れた私の目に飛び込んできたのは、膝の上のガチャ子さんをゆっくりと撫でながら「ガチャ子」と呼びかけている父の姿でした。
 小さな穏やかな声、優しげに細められた目で。

 それは、某ペットショップでガチャ子さんと初めてであったあの日、白黒模様のハンサム子猫をだきあげた、どこかの若い男性のまなざしと同じものでした。

 それから別れの日まで、父はいつもガチャ子さんを名前で呼んでいました。

« 不安がぬぐえない | トップページ | 父とガチャ子さん その2 「おねーこさん」「なーに」 »

昔話」カテゴリの記事