父とガチャ子さん その2 「おねーこさん」「なーに」
小さな子どものいる家庭では、育児語がよく使われます。「ぽんぽんすいた?」「ねんねしようね」「くっくはいておんもへいこうね」などなど。
猫のいる家庭でも、似たような言葉が使われることがよくあるようです。私も、超高齢猫のガチャ子さんに向かって「しっしは出たのね、うんうんもしなさい」などと口にします。よそ様が聞いていないから良いようなものの、もしも聞かれたらちょっと恥ずかしい。
育児語のほかにも、適当なリズムや節回しをつけて赤ちゃんに話しかけるというのもよくあることですが、子猫のガチャ子さんが家に来てすぐの頃、猫と暮らせるうれしさに浮かれた私は、しばしばちょっとしたリズムにのせてガチャ子さんを呼んでいました。言葉だけで表現するのは難しいのですが、形は「おねーこさん」、そして、「お」の前に八分休符があり、「ね」と「さ」にリズムの頭が来る感じです。
猫は基本的に、呼びかけには答えない動物です。私の呼びかけにもガチャ子さんの答えはなかったのですが、かわりに答えを返してきたのが父でした。
「おねーこさん」
「なーに」
私の妙なリズムに呼応して、父もやはりリズムをつけて返してきました。それだけではなく、新たな呼びかけ言葉を考案してガチャ子さんを呼ぶようになりました。
「おねーこさんらんらん」
私が返した答えは
「ねこはさんらんしーませんよ」
やはり頭に八分休符が入り、「こ」「さ」「ら」「し」「せ」「よ」にリズムの頭が来ます。 「さんらん」は「産卵」です。
まったく意味のない、ナンセンスなやりとりなのですが、父と私は、ガチャ子さんを介したこのたわいもないコミュニケーションをしばしば楽しんでいました。そしてそのうちに母も参加をするようになりました。
参加当初、母はリズムの取り方がよくわからなかったようで、
「おねーこさん」
「なに?」
などと普通の答えを返していましたが、私が手拍子を打ちながらリズムの取り方を説明したところ、すぐに納得しました。
そして、父のとは違うバリエーションをつけて返事を返すようになりました。
「おねーこさん」
「やーよ」
「おねーこさん」
「なーに」
「おねーこさんらんらん」
「ねこはさんらんしーませんよ」
いい年をした大人が三人揃って何をやってるんだか、と言いたげなガチャ子さんの視線が痛い―。
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