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2013年3月 2日 (土)

一年前のこと

 3月に入りましたが、厳しい寒さが続いています。

 保護主さんからいただいたメールで知りましたが、去年の2月27日にアンズが、3月1日にリンリンが保護されたのだそうです。ちょうど1年前の今頃、おなかに赤ちゃんがいたアンズと、生後半年にもならないリンリンにとって、辛いことも多かったであろう外での生活にピリオドが打たれたのでした。

 私の方と言えば、ガチャ子さんが居ない生活に慣れず、じたばたともがき続けていた時期でした。

 それから1年後の今、私たちは一緒に暮らしています。縁の不思議さを感じないではいられません。

 外で暮らしている猫を保護することについて、いろいろな意見があることは知っています。「辛い生活から解放されるのだから、保護されることは猫にとって幸せにつながる」という人もいれば、「それは人間からの見方に過ぎず、猫にとっては厳しくても自由な生活の方が幸せだ」という人もいます。

 でも、これは、答えの出ない問いではないかと思います。保護されることをどのように評価したとしても、それは結局のところ、人間が出した答えでしかない点では同じ。

 何が本猫にとって幸せか―、私もこのことについては、ガチャ子さんのケアをしていた時によく思い悩んだものでした。そして出した結論は「わからない」。

 けれど、こういうことは、人間同士の場合でもよくありますよね。人のことはおろか、自分のことだって本当には解ってはいない。そういうことは少なくないのではないでしょうか。

 一つ確かに言えるのは、私はアンズやリンリンと出会えて、一緒に暮らせるようになって良かったと思っているということです。
 だから、アンズやリンリンにも、「幸せ」とまではいかなくても、「まあ、さほど悪くは無いかも」と思ってほしい。一緒に遊んだり、別々に眠ったり、争うようにしてゴハンを食べたりしている彼らを見ながらそう思うのです。

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