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2015年2月18日 (水)

黒猫マダムの可愛い業入門講座 その1

 猫の日が近いため、おばか小話をひとつ。長くなりすぎましたので、今日と二十二日にわけます。お暇な折にでも、どうぞ。

 

黒猫マダムの可愛い業入門講座 その一 

 

 カフェ『縞三毛』の女主人は、鼻にしわを寄せながらカウンターで蒸しパンを切り分けていた。二月の限定メニュー、ヤギミルククリームとフルーツを添えて供されるスイーツの台になるそれは、焼き上がったばかりでまだ温かかった。

 今日の客はふたり。ひとりは3度目の来店になる、薄茶色の毛並みが美しい若い大型犬。このカフェでは珍しい犬の客である。特別サイズの限定スイーツを平らげた彼は、カウンターの真ん中にどっしりと腰を掛け、ふさふさの尻尾をゆらんゆらんと振っていた。もうひとりは常連、大柄な雄の虎猫である。こちらは壁際の端の席に座り、若犬とは逆の方、壁を向いて肘をつきながら珈琲をすすっている。彼の尻尾もまた、ぱたんぱたんと振られていた。

 女主人は横目で虎猫を見やる。
 「まったく、大人げが無いんだから、このひとは。少しは若いもんの気持ちを酌んで相手の一つもしてやればいいのに。第一、ウチのすすけた壁をそんな風にしげしげ眺められたら、年末の掃除の手を抜いたことがバレバレになるじゃないか。」

 ほぼ完全に自分に背を向けている虎猫を、それでも若犬は、ちらちらと見つづけている。声を掛けるきっかけを探っているのだろう。が、虎猫の方は蟻の足ほども隙を見せようとはしない。「断固拒否」。黒々とした四字熟語の張り紙が虎猫の背に張り付いているかのようだった。

 店の雰囲気の悪さに、女主人の鼻のしわがさらに深くなった頃、カラン、と音を立てて扉が開いた。
 入ってきたのは全身赤茶虎模様のほっそりとした若い猫だった。大きな耳に大きな緑の瞳、長く優美な尻尾、三人の視線が彼女に釘付けになる。

 「あの」
 小首をかしげながら、赤茶猫が口を開く。鈴を転がすような愛らしい声だった。

 「やあ、初めまして!ここ、空いてるよ」

 すかさず若犬が声を掛ける。しかし、

 「あ、ありがとうございます。でも、私、ここのママさんにお話があって」

 予想外の言葉に何度か目をしばたたかせてから、女主人が応える。

 「あたしがその“ここのママさん”だけど、何の話だね?」
 「あのう、私、いま就職活動中なんですけど、いろいろとうまくいかなくて。困っていたらモフモフ動物病院の院長先生が“ここのママさんに相談したら?”って勧めてくれたんです。それで」
 「へえ、就職活動中なんだ。もしかして可愛い業?キミにぴったりだよね!」
 「どうしたら人に“可愛い”って思ってもらえるかとか、猫の魅力を上手に伝える方法とか……。院長先生は、“猫のかわいさは、外見の愛らしさとかじゃないことを『縞三毛』のママさんに教えてもらったらいい”って……」

 さりげなくも失礼な、院長の推薦の言葉を耳にするや否や、「今度の休みの日に病院のドアで爪を思いっきり研いでやる」と女主人は決意したが、“おとなの女”を自認する彼女はそれをおくびにもださずに笑って言った。

 「難しいことを考える必要は無いよ。あんたくらい可愛かったら……」
 「そうだよねっ。ボクもそう思う。キミ、すっごくかわいいもの、犬のボクでもそう思うんだから絶対大丈夫ッ」
 「話に割り込むんじゃない」
 女主人に睨まれた若犬は舌をぺろりと出す。

 「でも、就職活動を初めて一ヵ月以上経つんです。私の子どもたちはすぐに就職先が決まったんですけど、私だけ全然決まらなくて」
 「えっ?キミ、おかあさんなの?そんな風に見えないね。すっごくかわいいよ。まるっきり女の子だよ。うん、ナチュラルって言うか、森ガール?」
 「店から追い出されたいかい?」
 半疑問系でまたもやくちばしを挟んできた犬に、女主人がすごむ。若犬は肩をすくめて咳払いをした。

 「私、物心がついた頃からずっと外猫だったんです。だから、人とのつきあい方が分からなくて。院長先生が、就職活動をかねて病院で可愛い業の実習をしたらって言ってくださったんです。来週からその実習が始まるんですけど、不安で。」
 「大丈夫だよ!モフモフ病院ならボクも時々遊びに行くけど、あそこの先生も看護師さんもすっごく優しいから全然心配ない!なんならボクも毎日行ってあげるし!」
 病院は遊びに行くところではない、とか、用もないのに毎日来られたらまわりが迷惑、とか、突っ込みどころだらけの発言をした若犬は、「シャーッ」という女主人の鋭い一声で、今度こそ本当に口をつぐむ決心をした、とりあえず。

 赤茶虎猫の方に向き直った女主人は、考え考え言った。
 「あたしは、外猫経験が無いんだよ。だから、人とのつきあい方が分からないってのにはちょっと……」
 赤茶虎猫の視線が床に落ちていくのを見た女主人は、急いで続ける。
 「でも、そういうことなら心当たりがある。ウチの店のお客に、外猫生活を何年かしたあとで可愛い業をやっている黒猫がいるんだ。そのひとならいいアドバイスをくれるかもしれないね。」
 「本当ですか?」
 赤茶虎猫の瞳がぱっと明るくなる。
 「ああ、明日か明後日には店にくるだろうから、話をしてみてあげようね。」
 「ありがとうございます。よかった。安心したら、なんだかおなかがすいてきちゃった。すいません、何かいただいてもいいですか?」
 「それじゃ、ここに座りなよ。ボク、雇い主を迎えに行かなくちゃだから、そろそろ帰るから。それと、頼むんなら二月の限定スイーツがいいよ。絶品だよ、ヤギミルククリームとフルーツ添えの蒸しパン。」
 空の大皿の脇に、蒸しパン1ホール分の代金を置いて、若犬が席を立つ。

 「それとね、キミが魅力的なのは本当だよ。だから自信を持って。キミは選ばれる側じゃない。選ぶ側だよ。いい雇い主を猫の直感で選ぶんだ。そうすればきっと幸せをつかめる。」

 真剣な面差しできっぱりと言い切った毛並みの美しい犬に見つめられ、赤茶虎猫は少し顔を赤らめた。
 「ありがとう……、そんな風に言われると、嬉しい」

 「じゃね。ボク、この店がお気に入りだから、きっとまた会えるよね。グッドラック!」

 ふさふさの毛を振りたてながら、若い犬は体の大きさに似合わない俊敏さで店を出て行った。

 「あいつら犬族は、結局最後はおいしいところを持って行くんだよな」
  虎猫がぼそっと口にしたぼやきを、店自慢のスイーツを褒められて機嫌が上向きになった女主人は聞き流して言った。

 「それじゃ改めて、“いらっしゃい”」

 

 赤茶虎猫のモデルは、アンズがお世話になっている病院で猫親さん募集をしていた猫さんです。本当にきれいで愛らしい猫さんでした。

 すぐに猫親さんが決まったので一度だけしか会えませんでしたけれど、印象的だったので小話に出てもらいました。

 赤茶虎猫さんと言えば、アンズ・リンリンの保護主さんのお家に新たに迎えられた猫さんも、赤茶虎だそうです。

 リンクから、ろんぷさんのブログに是非どうぞ。

 こちらの猫さんもたいそう愛らしくて素敵です。

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「今回は、ボクたちの出番は無しなわけ?」

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「いいじゃないの。一休み、一休み」

次回はがんばってもらうからね。特にアンズ。

 

 

 

 

 

四月七日追記

ろんぷさんと一緒に暮らしていた茶虎猫さんが、虹の橋を渡っていきました。

ろんぷさんと一緒の日々は、短かったかも知れませんが、猫さんにとって安心できる幸せな日々だったと思います。

はにさん、向こうでガチャ子さんに会ったら、どうぞよろしくね。

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