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2015年2月22日 (日)

黒猫マダムの可愛い業入門講座 その2

 前回の続きのおばか小話です。

 

「黒猫マダムの可愛い業入門講座 その2」

 

 「本日ハ、いべんとノタメ貸切デス。
     ドナタデモゴ参加デキマス。
         無料デスガ、本日ノ特別めにゅーヲ注文シテクダサイ。店主拝
 ……なんだこりゃ」

 四日ぶりに訪れたカフェ『縞三毛』の古ぼけたドアに虫ピンで留められた、一枚の張り紙。耳の後ろを掻き掻き、それを見ながら大柄な虎猫はつぶやいた。「貸切イベント」だけれど誰でも参加できて、「無料」としておきながら本日の特別メニューを注文しろと言う。おかしな所だらけな上に、大胆というかデザイン過多というか、斬新すぎて読み易いとはとうてい言い難い字が散らばっている張り紙の2行目を、細い爪の先でたどりながら、彼は重々しく一人つっこんだ。

 「ヘンだぞ、この敬語。」

 見かけによらず繊細な言語感覚を備えた虎猫は、戸を押し開いた瞬間、思ってもいなかった色の洪水に襲われた。狭い店内にあふれる黄、黄、黄……。

 「いちめんのなのはな……」

 遠い昔、どこぞで耳にしたフレーズが思わず口をついて出る。

 「いらっしゃい!」
 「こっちこっち、この席にどうぞ」

 すかさず声を掛けてきたのは、若い黒猫と白黒ハチワレ猫だ。
 カウンターと平行に並べられた五つの椅子、その右端の空き席に、黒猫が虎猫を誘う。
 白黒ハチワレ猫は、カウンター上にずらりと並んだ花瓶や壺やコップなどに、菜の花を生けるのに余念が無い。最後の花瓶、と言っても実際は水差しなのだが、それに入れた花の向きを整え終わると、満足そうに親指を立てた。
 「やっぱ、菜の花にして大正解。黒猫のおばちゃんがぐっと引き立つっす。」

 「……この菜の花は、全部おまえさんが持ってきたのか?」
 「そうっすよ。昨日、山向こうの菜の花畑に、オヤッサンと遊びにいったんすよ、バイクで。そんときに、今日、黒猫のおばちゃんの講演会があるって話したら、オヤッサンが『講演会には花がつきものだから持って行け』って、買ってくれたんで。」

 講演会で飾る花なら、同じ黄色でも菜の花じゃなくフリージアだろう、と言いかけた虎猫だったが「いやいや」と思い直す。すすけた狭いカフェに大量のフリージアはどう考えても似合わない。上品すぎ、華やかすぎだ。それに香りが強くて酔ってしまうかもしれない。「菜の花で正解」と、別な思考ルートをたどりつつ白黒ハチワレ猫と同じ結論に至ったところで、素朴な質問を投げかけた。

 「今日のイベントは、講演会だったのかい」
 「そうだよ。可愛い業入門の講演会。講師はボクのお母さん。ドアのポスター見てくれた?あれ。書いたのボクなんだよ」
 目をきらきらさせて得意げに言う黒猫。一方、講師と言われた母黒猫の方は、菜の花の大群を背負うようにしてカウンターの前に立ち、完全に固まっていた。緊張のあまり、ひげが前の方に倒れてひくついている。

 「いつの間に講演会なんて話になったんだ?」
 虎猫は、左隣に座っている『縞三毛』の女主人と、彼女のさらに左隣にちょこんと座っている赤茶虎の若い猫を交互に見ながら言った。

 「いやね、二月も終わりに近いし、たまにはイベントも楽しいんじゃないかって思ってね。」

 すました顔で言う女主人の説明はほとんど意味不明だったが、虎猫はそれ以上は突っ込まなかった。講師にされた母黒猫には同情しないでもないが、訳の分からないものはそっとしておくに限る。これは、女主人とのつきあいの中で彼が学んだ処世術の一つだった。

 赤茶猫の向こう側には黒猫が座り、さらにその向こう、五つ並んだ椅子の左端に白黒ハチワレ猫が座ると、女主人が咳払いをしながらおもむろに立ち上がった。

 「さて、これから可愛い業入門講演会を始めます。講師は外猫出身で、一年と少し前からこの町で可愛い業をしています。雇い主とのいい関係の作り方について、お話をしていただきます。ではどうぞ」

 ぱたぱたぱた……。猫たちの拍手の音が止み、五組のキャッツアイが、カウンター前に立ちすくむ母黒猫に一斉に向けられた。

 「………」
 「………」
 「………」

 静まりかえった店内に妙な緊張が満ちてゆき……、ボンッと母黒猫の尻尾が膨らんだ。
 ボンッボンッボンッ
 息子の黒猫、白黒ハチワレ猫、赤茶虎の猫がつられて思わず尻尾を膨らませる。
 しかしさすがに年の功。この状況の中、虎猫がゆったりと声を掛ける。
「この町に来た頃の話からはじめたらどうだ」

 母黒猫はほっと浅く息をつき、いつもより高めの声で話し出した。

 「息子と私がこの町に来たのは、去年の1月の終わりでした。その前は遠くの別の町にいて、初めは外猫だったんですけど、ある人が声を掛けてくれて、家に入れてくれました。そこで色々教えてもらって、可愛い業の研修も受けて。その後でこの町に来ることになったんです。」

 「今の雇い主の家で暮らすようになって。でも、場所にも雇い主にも慣れてないからとても緊張して。緊張って言うより、怖かったです。なにもかもが。はじめの何日かは、家具の後ろとかカーテンの裏とか。今考えると寒かったはずですけど、そんなことも気にならないくらい、怖かったんですよね。食事は日に二回、気がつくと部屋に置かれていたんで、雇い主がいない時を見計らって食べていました。」

 「でも、三日目くらいだったか、突然『もしかすると大丈夫かも』って思ったんです。そのきっかけは、ええと……。」

 母黒猫の視線が宙をさまよう。

 「ゴハンだよ、おかあさん!」息子の黒猫が助け船を出した。

 「そうそう……って、別に、ゴハンにつられたとかそういうことじゃなくて、雇い主が、私たちが隠れているところのすぐそばで、ゴハンの準備を始めたんです。」

 「ええ~っ、あのとき、『ご飯くれるかもよ』『いいにおいだね』『どうする?出て行く?』って、話したじゃん、ふたりで」
 息子猫のブーイングを慌ててさえぎり、話を続ける。

 「だから、言いたいのはそういうことじゃなくて。雇い主がご飯を準備して、『ここに置いておくから好きなときに食べなさい』って言ったんです。そのときに何となく、『ここにいても大丈夫かも』って、初めて思ったんですよね。なぜかって言われても困るけど……猫のカンみたいなものだったと思います。」

 それのどこが、『ゴハンにつられたわけじゃない』ということになるのかという点について、突っ込む聴衆はいなかった。猫族は、「言わぬが花」を解する粋な一族なのだ。

 「一度大丈夫かもって思ったら、どんどん大丈夫に思えて、少しずつ雇い主の近くに行けるようになっていったんです。でも、その間もずっと思っていたことが一つあります。それは、して欲しいこと、されたくないことはきちんと伝えるってこと。抱っこされたり撫でたりされたくないときは、逃げたりかわしたりしました。首のあたりをマッサージして欲しいときにはそばに行って座ってみたり。息子の方が遠慮が無くて、遊んで欲しかったり撫でて欲しかったりしたときにはどんどんそばに行ってましたね。そのかわり、抱っこは絶対に嫌だと言って全力で逃げてました。」

 「私たちが何をされたら嫌で、何をして欲しいのか、雇い主に分からせるのって、大事だと思います。」

 「でも、いつでも自分の気持ちだけを通そうとするのもちょっと違うかなって思います。時には、雇い主のキモチを酌むことも大事かも。私、今でも抱っこは好きじゃないですけど、時々は雇い主のリクエストにも応えることにしています。少しだけ。」

 「ええ~っ、ボクは嫌だなあ、抱っこはキライ~。絶対拒否だよう。雇い主のオバサンに寄っかかるのは好きだけどね。でも、お母さんに寄っかかるのはもっと好き」

 「へえ、兄さん、抱っこはキライなんすか。おいらはわりと好きだな。特にオヤッサンがあぐらをかいているときなんか、最高っすよ。」

 「ちなみに、おまえさんは新しい家にどれくらいでなじんだ?」
 虎猫に聞かれた白黒ハチワレ猫は小首をかしげながら記憶をたどり、答えた。
 「2~3時間ってとこだったっすかねえ。オヤッサンの家に入れてもらってわりとすぐに慣れました。」
 女主人が意外そうに言った。
 「おまえさんが雇い主の家に入ったのは、生後六十日くらいの子猫の頃だろう?それなのに、随分時間がかかったんだねえ」
 「おいらだって、緊張することぐらいありますって。そういう奥さんは、どれくらいで慣れたんすか?」
 奥さんと呼ばれて気をよくした女主人は笑顔で答えた。
 「私かい?私はすぐだったよ。家に連れてこられてからすぐ。数秒ってとこだね。」
 「数秒?」
 猫たちはそろって目を丸くした。
 「ありえない」「信じられない」「なんだそれ」
 声にならない言葉があたりをヒュンヒュン飛び交うが、虎猫は少し違った。
 「あり得る。歳を取った今でこそ偏屈なところもあるが、基本、根拠の無い自信にあふれていて妙にフレンドリーだからな、ここの女主人は。」と、内心思った。ようは、怖いものなしということらしい。

 講師をよそに、猫らしく自由に盛り上がるフロアに向かって、母黒猫は遠慮がちに声を掛ける。

 「あのう、話を続けてもいいですか。」

 聴衆の猫たちは、改めて居住まいを正した。

 「ええと、雇い主と一緒に暮らして分かったんですけれど、ニンゲンって、時々落ち込むっていうか、めげることがあるんですよね。理由は分からないんですけど。そういうときは、近すぎない程度の感じでそばに座って見ていると、割と短時間で立ち直るみたいです。そうすると、撫でてもらえたり、いつもよりおいしいゴハンが出てきたりします。」

 「雇い主も私たちも、ウィンウィンのいいことがあるので、ニンゲンが落ち込んでいるときは、これも仕事だと思って放置しない方がいいと思います。」

 「雇い主とのつきあい方で、私が話せるのはこれくらいかな。」

 一通り話し終わった母黒猫は、赤茶猫の顔を見た。

 赤茶猫の方でも、母黒猫を見つめて口を開いた。
 「雇い主との暮らし方については、よくわかりました。でも、雇ってもらえるようにするには、どうしたらいいんでしょう」

 母黒猫は困った顔をする。
 「それはどうなのかな……。私たちも、今の雇い主と一度面接をしたんですけど、そのときには事情がよくわかっていなかったんで、隠れたり、シャーとかフーとか言ってしまって。でも、私たちと一緒に暮らしたいって言われて。」

 「怖くて逃げたりフーフー言っているボクたちを、『可愛いねえ』とか言って、笑って見てたよね、あのときのオバサン。変なニンゲンだな~って思ったから、よく覚えてるんだ。でも、ボクたちを最初に家に入れてくれたお姉さんも、お母さんやボクがすごく怒ったり、飛びかかったりしても、いつも優しかったよね。僕たちが慣れるまでずっと待ってくれてたんだよ」

 「ってことは、要するに、出会いの時も雇われてからも、自然体でいいってことじゃないのかね」
 女主人が言う。
 「私たち猫族は、正直が身上なんだ。まわりの顔色をうかがったり、我慢したりしなきゃならなかったりしたら、それは私たちの暮らしじゃない。」

 赤茶猫がはっとした顔で頷いた。
 「そう、そうですよね。無理をして繕って気に入られても、何にもならない。ありのままの私を可愛いって思う人と出会うことが、大事なんですよね」

 「無理をせずにありのままでいて、猫の直感を信じて、時には雇い主にも少し気にしてあげて……。なんだ、そうか。それならできる、私にも。」

 一言一言を噛みしめるように言う赤茶猫の表情には、もう迷いや戸惑いはなかった。

 「猫は猫らしく、ありのままに」

 女主人が再び立ち上がった。
 「さあ、結論が出たところでデザートにしようかね。本日の特別メニューは三月の限定スイーツのお試し。ヤギミルクのムースセット、サービスでイチゴを添えて、お一人650円。」

 講演会という名のおしゃべり会が終わり、お待ちかねのティータイムが始まる。

 店中に飾られた、なのはな、なのはな、なのはな。
 和やかな猫たちの顔、顔、顔。

 春はもう、すぐそこ。

 

 本日のおさらい 可愛い業の猫的お仕事ポイント
  ① 猫の直感を信じる。
  ② して欲しいこと、されたくないことはわかりやすくはっきりと伝える。
  ③ 雇い主がめげていたら、近くから見守る(見物するとも言う)。
  ④ たまには雇い主につきあう。少しだけ。
  ⑤ 無理はしないでありのままに。

 

「後日談」

 

 「もう、会えないのかなあ、あの子と」

 あの子、赤茶虎の猫は、病院での可愛い業実習の三日めに就職が決まった。
 しばらくの間、雇い主と一緒に旅行に行っていた彼、若犬が赤茶虎猫と会ったのは、結局『縞三毛』での一回きりだった。就職先は分からないという。

 前回同様、カウンターの壁際席に陣取り、若犬に背を向けて座っている虎猫は、それでも今日は耳を後ろに向けていた。

 「縁があればまた会えるだろうよ。あんたの言葉にあの子は励まされてたから、あんたをまるっきり忘れることはないと思うがね、たぶん。」

 「ああ~、ボクの森ガール……」
 カウンターに突っ伏した犬を視界に入れないようにして、女主人は鬱陶しさに耐える。これでも客なのだ、一応。

 カラン。
 そのとき、カフェのドアが開いた。
 「こんにちはーっ、おばちゃん、ヤギミルクムース三つね!」
 入ってきたのは黒猫の親子である。店に入るや否や、叫んだのは息子猫の方だ。二人連れなのに注文は三つ。しかしいつものことなので女主人は気にもとめない。
 「はいよ、ヤギミルクムース三つ。セットにするのかい?」
 「私はミモザティーのセットでお願いします。あんたは?」
 「ボク単品二つ!」
 「はいはい。」

 隣の席に座った彼らを見た若犬は、勢いよく上体を起こした。
 「こんにちはっ。初めまして。よく、ここに来るんですか?」
 「え?ええ、ここにはよくお世話になっていて……」
 「あっっ、もしかして、赤茶虎のあの子に可愛い業のレクチャーしたひとって、あなたですか?」
 「え、あ、ええ。よく知ってますね」
 黒い被毛に覆われた頬を器用にも赤らめた母黒猫を見て、若犬のテンションはみるみるうちに高くなっていった。

 「わ!森ガールとはちょっと違うけど、そう、田園マダム?隣の黒猫君は、弟さん?え?違うの?息子さん!?見えないっ。見えないよ、お母さんなんて。でもいいなあ、こんなに素敵なお母さんがいるなんて。そうだっ、ねえ、今日からぼくも『お母さん』て呼んでもいい?」

 女主人がアルミのお盆で若犬の頭をはたくまで、あと0.73秒。

 

 辺境ブログのためいらっしゃらないとは思いますが、もしもここをご覧になっている方で大型犬と一緒に暮らしていて「ええーっ、うちの子はこんな性格じゃないわ」と思った方がいらしたら、お詫びを申し上げます。

 この犬の性格は、半分はリンリン((慣れると)超フレンドリーなところ)、半分は私(可愛い猫を見るとテンションが高くなって調子のいい言葉がぽんぽん出てくるところ)からできています。

 猫と暮らしていると、「猫になりたい」と思うことがあります。気ままに、自由に、伸びやかに生きてみたいと。それは、制約の多い生活をおくらなければならないでいることの裏返しなのでしょう。

 昨年「ありのままに」というフレーズが繰り返される歌がはやりましたが、それも根は同じなのではないかという気がします。

 とかくこの世はままならぬもの。せめて猫は猫らしく日々を送って欲しいと思います。

 

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 「誰か、藻塩の暴走妄想を、なんとかして!」

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