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2015年12月23日 (水)

冬至の頃に

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「藻塩がまた小話を書いたって。お暇だったら読んでやってください。」

 

 

12月12日 曇り、風強し。

 

 ガタン、バタバタバタッ。ダンッ。

 扉が開くや否や、カフェ『縞三毛』の中に強い風がなだれ込んできたが、大きな音とともにすぐに閉じられ、店内は静寂を取り戻した。

 「ひぇーっ、すっごい風、飛ばされるかと思った」

 ただでさえ大きなドングリ目をさらに大きく開いた黒猫が、扉を背に立っている。彼はカフェの、正確に言うとカフェのおやつタイムの常連客だ。

 「だいじょぶっすか、兄さん」
 カウンター席に腰掛けていた二人連れの客のうち、白黒ハチワレ猫の方が声を掛けてきた。

 「ん、まあ、雨じゃないだけマシかな。おばちゃん、山羊ミルクドーナツ一つね」
 「はいよ。飲み物は?」
 「んと、ミルクたっぷりミモザティー。」

 毛並みを整えながらオーダーを済ませ、カウンターに近づいてきた黒猫は、白黒猫の左隣にちょこんと座っているキジトラ猫に目をとめた。子猫時代を抜け出たくらいだろうか。 きょとんとした表情が幼さを感じさせる。

 「あれ、初めて見る顔だね。友達?」
 黒猫はキジトラ猫をみながら白黒猫に尋ねる。
 「この子、先週ウチに来た子なンすよ。『仕事先の近くにひとりで居たから』って、おやっさんがウチにつれて来たンす。」
 「へえ、そうなんだ。コンニチハ」
 「コンニチハ」
 キジトラ猫はにっこり笑って答え、聞き返してきた。
 「にいちゃんのお友達?」
 「そうだよ。かわいい子だね。おやっさんのところでかわいい業するの?」
 「いやあ、どうかなあ」
 頭を掻きながら代わりに答えた白黒ハチワレ猫の返事は、いつもに似ず歯切れが悪い。
 黒猫は頭を少し傾けて、白黒ハチワレ猫が話し出すのを待った。

 「おやっさんはすっごく忙しい人なンすよ。出張も多いからしょっちゅう外泊するし。おいらはもう慣れてるし、いるか便の仕事もあるから全然問題ないンすけど、この子は、なんてゆうか……」
 「さびしんぼうさんなんだ。」
 「そうなンす。一人で留守番させると、あっちこっち荒らしたりよごしたり。おとついなんか、おやっさんのデスクの上のインク瓶をたおしちゃって」
 「床がしみだらけ、か。」
 「じゃなくて、パソコンのキーボードがだめになっちゃって」
 「あやー、それはそれは」

 白黒ハチワレ猫をまっすぐに見ながら、キジトラ猫は何か言いたげな表情をする。が、言葉は出てこない。

 黒猫がキジトラ猫の方に少し身を乗り出し、柔らかな口調で尋ねる。
 「キミは、おやっさんのこと、好き?」
 「好き!」
 「にいちゃんのことは?」
 「好き!」
 キジトラ猫は二つの問いに間髪を入れずに答え、ぱあっと笑った。が、

 「それなら、好きなひとをこまらせるようなことはやめた方がいいよね」
 「……だって」
 とたんにキジトラ猫は下を向く。

 この子、していいことと悪いことの区別はついているんだ。でもきっと、一人での留守番が寂しくてついやっちゃうんだろうな。
 黒猫は口に出さずに思っただけだったが、
 「さびしんぼう同士、わかるわかるって顔だね。」
 白黒猫の右隣の席にスイーツのセットを置きながら、カフェの女主人がくちを挟んできた。
 「そんなことないよ」
 にやにや笑いの女主人を見ながら、黒猫は顔を赤らめて不服そうに答える。

 「はじめはおやっさんもこの子をウチで雇うつもりだったようなンすけど、いつも一緒にいられる人が居る家の方がいいかなって、思い始めたみたいで」
 「猫にはそれぞれ質ってもんがあるからね。ひとりが好きな猫も居れば、誰かと一緒でなければダメな猫も居る。」
 「そうだよね。難しいね」

 六つの瞳の視線がキジトラ猫に集まる。キジトラ猫は首をすくめて淡く笑った。

 

 

12月23日 小糠雨、のち…… 

 

 明け方から降り出した霧のような雨は、午後になってもやむことはなかった。
 カフェ『縞三毛』の古いエアコンが、湿り気を帯びた冷気と格闘中、時折大きな音を立てている。

 カウンター席に座る黒猫は、山羊ミルクココアがたっぷり注がれたマグカップを両手で包み、ふうふう息を吹きかけながら口をつけかけては離すということを繰り返していた。立ち上る湯気越しに、隣に座る母黒猫がその様子を見守りながら微笑んでいる。

 と、カフェの扉が静かに開いた。
 「いらっしゃい」
 女主人が声を掛ける。

 入ってきたのは白黒猫だった。うつむき加減でゆっくりと店内に足を踏み入れ、そのまま黒猫の隣に腰掛けた。

 「コーヒー。ブラックで」

 カウンターに視線を落としたまま、女主人にも、黒猫親子にも挨拶をせずにぽつりと注文する。

 「久しぶり。今日はひとりなんだね。」
 黒猫が声を掛けるが応えはない。

 「ええと……」
 なおも言葉を掛けようとする黒猫の腕を母猫が軽くつつき、止めた。

 カフェの女主人がコーヒーを入れる音だけが、店内にやけに響く。

 かちゃりという音とともにカウンターに置かれた白磁のコーヒーカップから、馥郁たる香りが立ち上った。

 深いため息を一つつき、白黒猫がぼそぼそと話し出す。

 「あの子、出て行っちゃったンす。仕事先が決まったんで。何でも、四人家族で誰かしらいつでも家に居るとかで」

 「その話が来たとき、おやっさんはあの子に聞いたンすよね。これこれこういう家でかわいい業する猫を探しているけど行くかって」

 「そんときは、あの子、答えなかったンす。下向いてもじもじしたっきりで。だから、てっきりこのままウチにいるのかと。留守番中のいたずらは相変わらずだけど、そのうちに慣れるんじゃないかって。でも……」

 「三日ぐらい経ってから、『よその家に行きたい』って言って。」

 「おやっさんは『そうか。絶対にかわいがってもらえるから大丈夫だ』って笑って言ってたけど、あれ、無理してたと思う。」

 「それがおとついのことで、その日のうちに新しい家に行っちまいました。で、今日になっておやっさんが、読みかけの本にこんなカードが挟まってるのに気づいたンす。」

 視線をカウンターから離さずに、白黒猫はポケットからカードを取り出して黒猫に渡した。

 「いいの?」

 うつむいたまま白黒猫は頷く。黒猫はカードを裏返した。

 オヤッサン、ニイチャンヘ
 ミジカイアイダダッタケド、アリガトウゴザイマシタ。
 アッタカイオヘヤニイレテクレテ、ウレシカッタデス。
 オイシイゴハン、ウレシカッタデス。
 ヤサシクシテクレテ、ウレシカッタデス。
 ナデテクレテ、ウレシカッタデス。
 イタズラシテ、ゴメンナサイ。
 オヤッサントニイチャンニアエテ、シアワセデシタ。
 フタリノコトハワスレマセン。

 カウンターの向こう側からのぞき込むようにして読んでいた女主人が、静かな声で言った。
 「あの子は本当におやっさんとアンタが好きだったんだね。あんた方気持ちは、十分あの子に伝わっていたと思うよ。ふたりと出会ったことであの子は幸せをつかんだんだ。別々に暮らすことになっても、あの子のなかに深ーく根付いたあんた方との暮らしは一生消えることはないよ。絶対にね」

 彼女の言葉を聞きながら白黒猫はコーヒーを飲み、口元をゆがめた。

 母黒猫がのどやかな口調でオーダーの追加をした。
 「私たち三人に今月のおすすめスイーツ、山羊ミルクエクレアを一つずつお願いします。今日は私にごちそうさせて。」
 何度か目をしばたたかせた白黒猫は、母黒猫に向かって軽く頭を下げた。そして、恥ずかしそうに笑いながら女主人に言った。

 「すンません、やっぱりミルクと砂糖をつけてください」

 「ミルク大盛りでね」

 片目をつぶって請け合った女主人の言葉に、店内の空気がふっと軽くなった。

 ガラス窓の向こうに目をやれば、雨はいつのまにか雪に変わっている。
 明日は、クリスマスイブ。

 すべての猫と、猫を愛する人、そして、みんなが幸せでありますように。

 

 

 会社などに外猫が居着き、かわいがってもらっいるうちに引き取り手が現れて家猫になる、という話を時々耳にします。私の周囲でも何回かありました。猫が幸せをつかむのは嬉しいことだけれど、仲よくなった猫とお別れしなければならなくなった人もいるわけですよね。
 今日の小話は、そんなエピソードをヒントにしたものです。

 アンズが旅立った後、カフェ『縞三毛』小話は終わりになるだろうと思ったのですが、カフェの仲間たちが笑ったり驚いたりちょっとしんみりしたりしている姿を書くことが、私自身の慰めになると思えるようになりました。

 また何か思いついたら書いていくかもしれません。ばかばかしいお話ですが、よろしければおつきあいください。

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