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2016年2月22日 (月)

アンズ、向こう側の世界で

  猫の日なので、思い立って書いた小話を。

 お時間がありましたらおつきあいください。

 今日の小話は、いつものカフェ「縞三毛」シリーズとは別物です。虹の橋を渡ったアンズ視点での話です。

 アンズがお世話になった保護主さん、ろんぷさんのお家で一緒だった先輩猫さんのルディちゃん、ラミーちゃん、そしてはにちゃんにも登場してもらっています。ろんぷさん、書かせてくださって有り難うございました。

 アンズは旧名で『クロミ(クロミン)』、リンリンは『ジジ』の名で呼ばれています。

 内容はないよう、な小話ですが、よろしければどうぞ。

 

「ふたたびの……」

 

 暖かな日差しが降りそそぎ、緩やかな起伏が続く草地。人も、猫も、犬も、それぞれのんびりとした時間を楽しんでいる。ところどころにある立木が作る影の中に座る人たちも居る。

 こちらの世界に来て、2週間くらいかな。聞いたところでは、向こう側の世界とは時間の進み方がずいぶんと違うらしい。向こうはそろそろ春になろうかという頃のよう。こちらの世界の方がゆっくり時間が過ぎていく、ということみたい。

 それにしても、こちらは本当に居心地の良い世界。ひとりでいても、おなかがすいて泣きたくなるような思いすることも、凍えて辛いこともないし、猫に意地悪をするニンゲンもいない。
 それでも、最初のうちは慣れなくてまごまごすることもしょっちゅうだった。こちらの世界にいる知り合いと言えばただひとりで。まあ、彼女なりにいろいろと世話を焼いてくれたので感謝はしているのだけれど。それにしてもなんだかな~という気がとてつもなくする。こういう光景が目に入ってしまうと。

 ワタシの目の前には立派な銀杏の木があって、その根元に男の人があぐらをかいて座っている。その前には、白くて大きな紙。男の人は、細長い棒のようなものを慣れた手つきで削っている。小刀や硬い紙のようなもの(ヤスリっていうらしい。初めて見たけど。)を使いながら。削りかすが、男の人の前に広げられた白い紙の上に小さな音を立てながら落ちていっている。

 男の人はあまり問題ではないのね。それより、あぐらの上に収まっている猫が気になって、ついつい見てしまうのだ。

 墨壺に落ちた虎猫のようなシュールな柄の大きな猫。名前はガチャ子さん。彼女が、こちらの世界でのワタシの唯一の知り合い。
 ワタシたちが藻塩の家に来る前に、こちら側に来たらしい。でも、ワタシが息子や藻塩と一緒に暮らしていた家にも、時々遊びに来ていたんだよね。ふわふわリビングを飛んでいました。
 そのときは、たいそう偉そうで言いたい放題やりたい放題だったのに、今の彼女ときたら、「世界中でアタシよりかわいい猫はいないと思うの」てなオーラ全開。そのうえ、思いっきり甘えた目で男の人を見上げたりしている。よっぽど好きなんだろうな、その人が、とは思うものの、ああもあけすけに嬉しそうな顔をされると、端で見ていてもなんだかね~。

 あ、ガチャ子さんがこっちをみた。
 イイデショ。デモオトウサンノヒザハユズッテアゲナイカラネ。
 声をださずに口の動きだけでそんなことを言ってきた。ああ、あの男の人、藻塩のお父さんなんだ。そういえば目元がちょっと似ているかも。
 なんて思いながら見ていたら、ガチャ子さんが目を三日月型にしてにいっと笑った。いわゆるチェシャ猫笑い。なんかむかつく。

 誰が、そんなとこに座りたいもんですか。おもわず半眼になってしまった。

 ガチャ子さんの得意げなにやにや笑いを見ていても仕方が無いので、場所を変えることにしよう。そう思って立ち上がった時。

「クロミン。クロミンだよね。」

 え……?この声、まさか。

 振り向いたワタシの目に、茶トラ白猫とキジトラ白猫の姿が飛び込んできた。

「!!!!!」

 外で暮らしていたワタシと息子を迎え入れてくれたお姉さんの家の先輩猫。家猫として生きることを決めた私たち親子に、厳しくも温かい指導をしてくれた恩猫のふたり、ルディ兄とラミ兄がそこにいて。

 うそ。なんで?

 驚きとうれしさ、懐かしさが一挙に押し寄せて、ピンとしっぽを立てたまま、全身の毛がぼわっと立ってしまった。

「あいかわらず、ちょっとしたことですぐびっくりするね。驚くか喜ぶか、どっちかにしたら?それじゃ忙しすぎるよ。」

 茶トラ白猫のラミ兄がそう言いながら、優しく微笑んでおいでおいでをしてくれる。
ワタシは思わず飛びついてしまった。
「ラミ兄!ラミ兄!!」

「ちょっとは誰かに甘えることを覚えたようだね、クロミ。」
 キジ白猫ルディ兄も側に来て、頭をなでてくれる。
 なつかしい、温かい肉球の感触。

「昔は、ジジ坊を守らなきゃって、肩肘張って突っ張ってたけどね」
 ラミ兄がからかうように言う。

 だってだって、外で暮らしていたときは、ニンゲンも、ほかの猫たちも、ワタシや子どもたちにいじわるばかりしていたんですもの。お姉さんに会ってお家に入れてもらうまでは、ぶったり怒鳴ったりしない人がいるなんて、ゴハンを横取りしない猫がいるなんて、思いもしなかったんですもの。

 二人に抱きつきながら、深く深く息を吸い込む。懐かしいルディ兄、ラミ兄の匂い。そしてほのかに香る、お姉さんの匂い。幸せの匂い。

 そう。ワタシたちは、ふたりの兄さんに大切なことをたくさん教わった。
 ゴハンは毎日決まった時間にもらえること。でも、おなかがすいたらおねだりしてみるといいこと。トイレの使い方。爪をといでいいところとダメなところ。イヤなときにはイヤと言っていいこと。そして猫同士のつきあい方やエリアの棲み分け方も。

 お姉さんはとても優しい人だから、信頼できる人だから、隠れなくても大丈夫。
 威嚇したり爪を立てたりしてはいけない。
 ゴハンを奪う必要は無い。

 繰り返し教えてもらったのだけれど、最初のうちはどうしても怖さが抜けきれなくて、ゴハンを持ってきてくれたお姉さんに飛びかかって、Gパンに穴を開けてしまったこともあったっけ。

 その日の晩、ルディ兄にこんこんとお説教をされたけど、それも今ではいい思い出。

 昔と全然変わらないふたり。だめなことはだめと厳しいところもあるけれど、いつもは優しくて、落ち着いていて、頼りがいのあるルディ兄。イケメンで都会的、でもお茶目なラミ兄は、ルディ兄に叱られて落ち込んでいるワタシたちを、軽いジョークでなぐさめてくれた。

 どっぷりと思い出に浸りきっていたけれど、突然気がつく。
 今更のようだけれど、ふたりがここにいるって事は―。

「うん、兄さんが先に、僕は後からここに来たんだ」
「ここは居心地が良いところだから不満はないんだが」

 ふたりはふと空を見上げた。私もつられて振り仰ぐ。紗がかかったような柔らかい青色。優しさの色。
 遙か彼方を気遣う兄さんたちの思いが、隣にいるワタシにも伝わってきた気がした。

「クロミンこそ、早いんじゃないの、こっちに来るのは」
「引っ越してからいろいろあって。これでもがんばったんだけれど」
「こんなことを言っても仕方が無いが、甘えっ子のジジ坊は大丈夫なのか?」

 心配そうに私の顔をのぞき込むふたりに、にっこり笑ってきっぱり言い切る。
「それは大丈夫。あの子は、ワタシ以上に人の扱いはうまいから。今頃は同居人を肉球の上で転がしていると思う。」

「ほう、それはそれは。成長したんだな、ジジ坊も」
 ルディ兄が満足そうに笑って言う。そう、ワタシたち、成長したんです。見せたかったな、ワタシと息子が藻塩をいいようにあしらうところを。

「久しぶりだからゆっくり話そう。ここじゃなんだから、向こうの草地のくぼみに行こうか。落ち着けるところへ案内するから。」
 ルディ兄たちに誘われて、一も二もなくついて行こうとして、あれと思った。
 陰になっていて気がつかなかったけれど、ラミ兄の後ろにしがみつくようにしている子猫がいる。
 茶トラで華奢な子。耳と目が大きくて。誰だろ?

「ああ、この子ね。お姉さんの家でちょっとだけ一緒だった子なんだ。ほら、はに、後ろに隠れていないで」

「こんにちは、はじめまして。よろしくね」
 ラミ兄に押し出されてきた子猫に、身をかがめて顔を近づけたら、びっくりして目が丸くなったあと、はにかむように笑ってラミ兄にひっつき、それでも小さな声で返事が返ってきた。

「こんにち、は」

 鈴を転がすような声。

 ……いっっ……いやーーーっ!なにこの子、かわいい!すっごくかわいいっ!!どうしよう!!!

 瞬時にアドレナリンがでまくり、自分でも顔が上気していくのがわかる。ええ、興奮っ、大興奮ですよ!
 いやいや、おちつけワタシ。怖がらせてはダメ。ここは一つ穏やかに穏やかに。
 にっこり笑ってさらに声を掛けた。

「はにちゃんていうの。素敵なお名前ね。ワタシもね、ラミ兄やルディ兄と一緒のお家に住んでいたことがあったのよ。」
「え、そうなの?」
「そうなの。だから、仲良くしてくれる?」
 手を差し出してみたら、握ってくれた。小さな肉球、柔らかな被毛。細くて温かい手。
 うわーっうわーっうわーっ!!久しぶりだわっ久しぶりの「本当の」子猫だわ!!!

 「あいかわらず子猫に目がないな」なんて、ルディ兄ラミ兄のコショコショ話には気がつかないふりをしておこう。まずはこの子と仲良しになりたい。手をしっかりつないでから、とびきりの聖母風スマイルではにちゃんにほほえむ。はにちゃんも嬉しそうに笑い返してくれた。
 いい感じではないですか。
 さあ、こちらでの生活も楽しくなってきた。

 うきうきと四人連れだって、ルディ兄の言う、落ち着ける草地のくぼみに行こうとしたとき、ふと視線を感じて振り返る。
 オトウサンのヒザの上に香箱座りをしているガチャ子さんと目が合う。

 ヘエ、アンタニモコッチニシリアイガイタンダ。
 ソウヨ、イルノ。カッコイイシリアイト、カワイイシリアイガネ。イイデショ。

 視線だけでやりとりをした後、にいっとチェシャ猫笑いをしてみせた。
 あ、ガチャ子さんが半眼になった。

 そしてガチャ子さんは、ふいっとうしろをむき、オトウサンの膝の上を何度かくるくる回ったあと丸くなった。本格的な昼寝を楽しむらしい。

 ワタシとはにちゃんは、手をつないでルディ兄ラミ兄のあとを追う。

 

 暖かな日差しが降りそそぎ、緩やかな起伏が続く草地。青空を横切る雲の影が、大地の上をゆっくりと動いていく。

 大好きなひとたちとまた会えるここは、そう、幸せの場所。

 

 

二月二四日追記

 イケメンにゃんこのルディちゃん、ラミーちゃん、超絶愛らしいはにちゃんには、ろんぷさんのブログで会えます。 是非いらしてください。

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