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2018年4月

2018年4月19日 (木)

リンリンの災難2

 次の日の朝、藻塩は眠そうな顔でもそもそ起きて、ぼそぼそパンをかじって、のそのそ着替えた。
 誰かが来て、知らない匂いの布団を持って行った。
 そして……。
 「行こうね、リンリン」
 そう言った藻塩は、ボクをキャリーの中に押し込んだ。抵抗する間もなく、キャリーのジッパーは閉められた。

 その後、タクシーに乗せられ、電車に乗せられ、またタクシーに乗せられた。
 その間ずっとボクは固まっていた。何回か小さな声で鳴いてみたけれど、何も起こらなかった。
 電車の中で二回、「あ、猫が入っていたんですね」という声が聞こえて、キャリーの網越しに知らないヒトと目が合った。一人は優しそうなお兄さん、もう一人はきれいなお姉さんだった。

 そうこうして着いたところは、またもやがらんどうの部屋。キャリーから出してもらったけれど、どうして良いか分からない。
 ゴハンと水をもらったけれど、食べる気も飲む気もしない。
 一通り部屋の中を歩いてはみたけれど、落ち着ける場所はどこにもなかった。
 ここにも知らない匂いの布団があった。仕方が無いので、藻塩と一緒にその布団で寝ることにした。

 「明日は荷物の搬入だから、またお風呂場にいてね」
 藻塩はそんなことを言ってボクをなでた。嫌だって言ったって、聞いてくれないくせに。

 次の日、朝から夕方まで、お風呂場の外はバタバタしていた。静かになった後、出してもらえたけれど、その時には家中ものがあふれかえっていた。なんだかな~と思いながら、家中を探検した。部屋の戸も、タンスやクロゼットの戸も皆開け放たれていて、見放題、入り放題だった。藻塩にしては気が利くじゃん、と思った。

 それから一週間、床の上に積まれていた段ボールも、少しずつ減っていった。
 藻塩は相変わらずバタバタしていたし、時々知らない人が来ることもあったけれど、ボクはわりと落ち着いた毎日を送ることができた。
 ゴハンも、荷物が入った翌日から食べられるようになった。

 藻塩が買ってきた新しいふりかけが気に入って、もくもく食べている。

 そう、今の家に来て、変わったことが一つ。
 ボクは、藻塩と一緒の部屋で寝ることが多くなった。
 前の家では、ママがいたときにはママと、一人になってからは一人でリビングに寝ていたのだけれど、今回のことをきっかけに藻塩の布団で寝てみたら、案外気持ちいいことが分かったんだ。
 でも、一晩中布団で寝ると飽きちゃう。だから、時々窓辺に行ったり、リビングの座布団の上で寝たりしている。布団から出るときには、わざと藻塩の頭の周辺をわしわし歩いていくことにしている。
 ボクを振り回したことへのちょっとした意趣返し。

 今、藻塩はまた毎日仕事に出かけていく。夜になって、ゴハンをもらって、少し眠くなると、藻塩の足に寄りかかりながらうとうとするんだ。
 まだちょっと肌寒い日もあるからね。

 びっくりな出来事が次々起きたけれど、ボクはとりあえず元気です。

 油断はしていないけどね。

2018年4月18日 (水)

リンリンの災難

 「我が目を疑うような光景」とか、ニンゲンは言うことがあるけれど、そんなのはニンゲンたちがコテイカンネンにこだわっていたり余計なことを考えすぎたりするからだって、そう思っていた。ボクたち猫族は、そんな馬鹿げた気持ちになったりしないって。

 なのに、なのに……。

 「なんじゃこりゃ~~~!!!」

 ボクは叫んだ、心の中で思いっきり。あんまりショックだったんで、声が一瞬出なかったんだ。

 だって、だって!

 ボクの大好きな、テレビ台はどこ?あの裏にいつも潜り込んでいたのに。
 ボクの大好きな、洋服ダンスはどこ?あの中で昼寝をするととっても気持ちが良かったのに。
 ボクの大好きな、押し入れがどうして空っぽなの?ピンチの時にはいつも布団の陰に潜り込むことにしていたのに。今がそのピンチなのに、ボクはどこに潜り込めばいいのさ!!

 落ち着け、落ち着け、ボク。
 今日一日のことを振り返って思い出すんだ。

 そう、今日は朝からヘンだった。
 いや、今日だけじゃない。ここんとこずっとヘンだった。
 藻塩は妙にバタバタしていて、あっちこっちをひっくり返しては段ボール箱に物を詰めて、また出して、別のに入れ替えて。そうこうしているうちに家中がごちゃごちゃになっていって。
 確かに藻塩は始末がいい方じゃない。片付けは下手だし掃除も手抜き。でもここまでひどいことはなかったと思う。散らかっていて落ち着かない日がずっと続いていたんだ。や、段ボールかじり放題だったのは少し嬉しかったけど。

 そして今朝、藻塩がいつも以上に落ち着かなくて、ボクもなんとなくやな感じで、もらった朝ご飯もすぐには食べる気がしなくて。
 もたもたしているうちに、ゴハンと水と猫トイレと藻塩のリュックとボクは、お風呂場に閉じ込められてしまった。

 そのあと、お風呂場のドアの外から、大勢のヒトの声や、足音や、物音がずっと聞こえていて、何が何だか分からなくてボクはとっても嫌な気持ちだった。

 とてもとても長い時間、ボクは空の湯船の中にうずくまっていた。リュックの陰に隠れるようにして。

 そして、外が静かになって、ドアが開いた。
 「ごめんね、リンリン。ゴハンにしようね」

 そう言いながら藻塩がボクを抱き上げてお風呂場の外に連れ出したのだけれど―。
 そこには何もなかった。見事に何も。あるのは、嗅いだことのない匂いの布団と、紙袋が一つ二つだけ。

 「ついに最後の晩になっちゃった。ガチャ子さんと一緒に暮らして、アンズとリンリンとさんにんで暮らして、そしてリンリンとふたり暮らしになって……。いろんなことがあったけれど、いい思い出もいっぱい……」

 ここではない遠いどこかを眺めるような目つきとふわふわした声で藻塩が独り言つ。
 カンショーとやらに浸っているようだけれど、ボクはそれどころじゃありません!
 すべての部屋を急ぎ点検せねばっ。

 ボクは歩いた。たったか歩いた。家中を歩いた。
 どこ?どこ?ボクのおうちはどこ?

 ボクのおうちがどこにもないことがわかったあと、ふと思いついた。玄関だ。玄関の向こうには、ボクのおうちがあるはず!ここを開けて、誰か開けて!

 でも、藻塩はボクの気持ちを無視して、がらんどうの家の中に連れ戻した。そして、ボクのお気に入りのウエットフードを出してきたけれど、そんなものは目に入らない。おなかなんかすいていない。こんなところでゴハンをたべたくなんかない!

 そう、とまどいの波が引いた後にやってきたのは、猛烈な怒りだった。

 ボクは鳴いた。怒って鳴いた。鳴きながら家中を歩き回った。何度も何度も。一晩中。
 疲れると、知らない匂いの布団で少し休んだ。でもやっぱり落ち着かなくて、また鳴きながら歩いた。そうしているうちに、夜が明けたんだ。

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