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2018年4月18日 (水)

リンリンの災難

 「我が目を疑うような光景」とか、ニンゲンは言うことがあるけれど、そんなのはニンゲンたちがコテイカンネンにこだわっていたり余計なことを考えすぎたりするからだって、そう思っていた。ボクたち猫族は、そんな馬鹿げた気持ちになったりしないって。

 なのに、なのに……。

 「なんじゃこりゃ~~~!!!」

 ボクは叫んだ、心の中で思いっきり。あんまりショックだったんで、声が一瞬出なかったんだ。

 だって、だって!

 ボクの大好きな、テレビ台はどこ?あの裏にいつも潜り込んでいたのに。
 ボクの大好きな、洋服ダンスはどこ?あの中で昼寝をするととっても気持ちが良かったのに。
 ボクの大好きな、押し入れがどうして空っぽなの?ピンチの時にはいつも布団の陰に潜り込むことにしていたのに。今がそのピンチなのに、ボクはどこに潜り込めばいいのさ!!

 落ち着け、落ち着け、ボク。
 今日一日のことを振り返って思い出すんだ。

 そう、今日は朝からヘンだった。
 いや、今日だけじゃない。ここんとこずっとヘンだった。
 藻塩は妙にバタバタしていて、あっちこっちをひっくり返しては段ボール箱に物を詰めて、また出して、別のに入れ替えて。そうこうしているうちに家中がごちゃごちゃになっていって。
 確かに藻塩は始末がいい方じゃない。片付けは下手だし掃除も手抜き。でもここまでひどいことはなかったと思う。散らかっていて落ち着かない日がずっと続いていたんだ。や、段ボールかじり放題だったのは少し嬉しかったけど。

 そして今朝、藻塩がいつも以上に落ち着かなくて、ボクもなんとなくやな感じで、もらった朝ご飯もすぐには食べる気がしなくて。
 もたもたしているうちに、ゴハンと水と猫トイレと藻塩のリュックとボクは、お風呂場に閉じ込められてしまった。

 そのあと、お風呂場のドアの外から、大勢のヒトの声や、足音や、物音がずっと聞こえていて、何が何だか分からなくてボクはとっても嫌な気持ちだった。

 とてもとても長い時間、ボクは空の湯船の中にうずくまっていた。リュックの陰に隠れるようにして。

 そして、外が静かになって、ドアが開いた。
 「ごめんね、リンリン。ゴハンにしようね」

 そう言いながら藻塩がボクを抱き上げてお風呂場の外に連れ出したのだけれど―。
 そこには何もなかった。見事に何も。あるのは、嗅いだことのない匂いの布団と、紙袋が一つ二つだけ。

 「ついに最後の晩になっちゃった。ガチャ子さんと一緒に暮らして、アンズとリンリンとさんにんで暮らして、そしてリンリンとふたり暮らしになって……。いろんなことがあったけれど、いい思い出もいっぱい……」

 ここではない遠いどこかを眺めるような目つきとふわふわした声で藻塩が独り言つ。
 カンショーとやらに浸っているようだけれど、ボクはそれどころじゃありません!
 すべての部屋を急ぎ点検せねばっ。

 ボクは歩いた。たったか歩いた。家中を歩いた。
 どこ?どこ?ボクのおうちはどこ?

 ボクのおうちがどこにもないことがわかったあと、ふと思いついた。玄関だ。玄関の向こうには、ボクのおうちがあるはず!ここを開けて、誰か開けて!

 でも、藻塩はボクの気持ちを無視して、がらんどうの家の中に連れ戻した。そして、ボクのお気に入りのウエットフードを出してきたけれど、そんなものは目に入らない。おなかなんかすいていない。こんなところでゴハンをたべたくなんかない!

 そう、とまどいの波が引いた後にやってきたのは、猛烈な怒りだった。

 ボクは鳴いた。怒って鳴いた。鳴きながら家中を歩き回った。何度も何度も。一晩中。
 疲れると、知らない匂いの布団で少し休んだ。でもやっぱり落ち着かなくて、また鳴きながら歩いた。そうしているうちに、夜が明けたんだ。

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