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2018年10月28日 (日)

ハロウィンラプソディー

 久しぶりのおバカ小話です。お時間のある方はどうぞ。


  いつになく暑い日が多かったその年の秋も、いつの間にか落ち着きを取り戻し、紅葉の便りもちらほら届く10月下旬。

 カフェ「縞三毛」ものどやかな雰囲気につつまれていた、つい先ほどまでは。

「私が……それを、着るんですか……?」

 困惑という文字を顔に貼り付けた黒猫が、カフェの女主人におそるおそる尋ねている。

「黒猫のあんた以外に考えられないじゃないか、これを着るのは」

 満面のチェシャ猫笑いで黒猫に迫る女主人の、右手には濃紺の質素なワンピース、左手には赤い大きなリボンがあった。

 さらにご丁寧なことには箒までが用意されている。

 「黒猫は、箒の先頭に乗ることはあっても、それは着ないだろう」と、カウンター席の隅に腰掛けた常連客のトラ猫は密かに思った。思ったが、口にはださなかった。なぜなら彼は賢かったからである。

 トラ猫の心中を慮ることもなく、自信たっぷりに女主人は続ける。

「考えてもごらんよ。10月といったら猫の月だ。町中、カボチャと黒猫と魔女だらけ。こんな月は一年でも今だけだよ。これにのらない手はないだろう?」

 女主人、墨壺に落ちたトラ猫のごときシュールな毛皮が自慢の彼女は、わくわくした気持ちを隠そうともせずに言いつのる。

 ハロウィンの企画として魔女のコスプレ、というのは、よくある話だ。しかし、女主人が提案する魔女の格好を大人の黒猫がするというのはやはりちぐはぐとしか言い様がない。ないが、そんな理屈が通るはずはなかった、ここ「縞三毛」では。

 さらに、黒猫にとっては不意打ちとしか言い様もない発言が、隣に座っている息子猫の口から飛び出した。分別と道理を母親のおなかの中に忘れてきた彼は、どんぐり目をいつも以上にキラキラ輝かせ、上気したほおで前のめりになりながら口を挟んでくる。

「いいじゃん!きっと似合うよ、そのリボン赤くてかわいいし。ボク、見たいなあ、それ着たお母さん!!そうすれば、ハロウィン気分がモリモリ上がるよ!!!」

 

 「ハロウィン気分を盛り上げたいなら、おまえさんが箒の先頭にのりゃ済む話なんじゃないのか」と、またもやトラ猫はつっこむ。心中でだけ。

「それにね、」

 息子猫の援護に気をよくした女主人は、背筋を伸ばし、声の調子を改めて言う。

「ここだけの話、この時期、黒猫だけはいつも以上に仕事を入れて忙しくしていた方がいいんだよ」

「なんで?おばあ……おばちゃん、なんで黒猫だけ?」

 予想通りに即座に問い返してきた息子猫の方をチラリと見やった女主人は、二つ三つゆっくりとうなずきながら声を潜めて言葉を続ける。

「ハロウィンにつきものの魔女の中には、箒じゃなくて馬車に乗ってくる奴もいるんだがね。その馬というのは、本当は使い魔の黒猫なんだよ。魔法で馬に変えられて、魔女の馬車を引かされるのさ。使い魔たちは、毎年この季節にはこき使われる。連中はそれにはうんざりなんだよ。だから、自分の代わりになる黒猫をスカウトしに来るんだ。」

「スカウト?」

「そうだよ。いわば身代わり捜しだね。それを断るには、ほかの仕事を目一杯いれておかなきゃならない。使い魔に捕まりそうになったら、‘’ほかに仕事があるからダメです”と断るためにね。万一捕まったりしたら」

「したら?」

「へとへとになるまで魔女にこき使われることになる。」

 聞くからに怪しげな情報にもかかわらず、女主人の重々しい口調に息子猫はすっかりその気になってしまった。

「大変だよ!お母さんが馬に変えられてへとへとになるなんて、ボク、嫌だ!!ハロウィンが終わるまでそれ着てここで働く方がいいよ、そうしてよ!」

 それはお伽話だろう、とか、それが本当の話なら息子のおまえも黒猫なんだから自分の心配もしなけりゃ変だろう、とか、突っ込みどころ満載の発言を聞き流し、トラ猫はコーヒーをすすった。一人静かに。

 真剣な面持ちの息子猫に迫られた母黒猫は、「まったくこの子は」と独りごち、ため息をついた。



 その二日後のことである。猫たちの「かわいい業」にありがちな長めの昼休みを楽しむために、息子猫は「縞三毛」に向かって一人急いでいた。

 いつも一緒の母猫は、この日は一足先にカフェに行っていた。

「たいへんたいへん、おそくなっちゃった。オバサン(雇い主のこと)のコーミングが気持ちよくてついうたた寝をしちゃった。今日のスイーツは何かな。売り切れになっていないといいな」

 カフェ「縞三毛」ご自慢のスイーツのあれこれを思い浮かべながら、店の前まで来た息子猫は、急に足を止めた。

 カフェの前には、見知らぬ猫がたたずんでいた。

「あの」

 店に入りたいので通してほしい、と、息子猫が声をかけかけたとき、その猫がゆっくりと振り向いた。

 黒いロングコートをまとった年老いた黒猫だった。フードを目深にかぶり、金色の目だけがぎろりと光る。

「……」

 思わず息子猫は息をのむ。続きの言葉が出てこない。

「おや、おまえさんも、黒猫だね」

 ひどくしわがれたその声に、息子猫は総毛立つ。ボンッと、しっぽが太くなる。

「あ、や、や、ぼぼ、ボクは忙しいんでダメです!!」

 脈絡のない言葉を唐突に口にしながら、息子猫はコートを着た猫の脇をすり抜けて店の中に滑り込んだ。そしてすぐに後ろ手に戸を閉めたのは言うまでも無い。

 いきなり店に飛び込んできたと思ったら、戸を勢いよく閉め、硬直したままものも言えずにいる息子猫の姿に、店の中にいた一同、女主人、母黒猫、トラ猫、それに、いるか便の白黒猫はたいそう驚いた。

「兄さん、どうしたんすか?」

「そんなに慌てなくても、今日はまだデザートはあるよ」

 白黒猫のといかけや、女主人のからかうような言葉には答えずに、息子猫は声を振り絞って言う。

「たいへん、たいへんなんだ、きちゃったよ、きちゃったんだ、どうしよう」

「何が?」

 母黒猫が問うたとき、きしんだ音と共に店の戸が開けられた。息子猫は焦って抵抗するが、それもむなしく扉は開かれていく。図体の割に息子猫は非力だった。

「カフェ縞三毛ってのは、ここかね。おや、ここにも黒猫がいるね」

 しわがれた声の来客がそう言った途端、息子猫が大声で割って入った。

「違うっ!違うんだ!お母さんは黒猫じゃない!見て、見てよ」

 そして、母黒猫の服の裾を思い切りまくり上げた。

「見てみて!おなかに白い毛がはえてるんだ!黒猫じゃない、お母さんは黒猫じゃないんだ!!ボクだって同じだ、ボクらは黒猫じゃないんだっっ!!だから馬にはなれませーんっっっ!!!

 自分のシャツもまくり上げ、大声で主張した息子猫に、店中の猫たちが一斉に固まる。

 真っ先にフリーズから解放されたのは、服をまくり上げられた母黒猫だった。

「なにすんのっ!!!この子はーっっっ!!!


 母親から思いっきりはたかれた息子猫は、頭を抱えながらカウンター席にうずくまっている。

「うーっ、だって、だって」

 そっぽを向いてしまった母黒猫の方をすがるような涙目で見ながら、彼は言い訳の言葉を探す。

「あの与太話を信じたのか、坊は」

「兄さんらしいや」

 別の意味で涙目になったトラ猫と、二日前の話を教えてもらった白黒猫が、笑いすぎて痛くなった横っ腹をさすりながらなおも笑う。

「おまえさんは、そろそろ分別と常識ってものを身につけた方がいいね」

 こちらも散々っぱら笑い転げた女主人が、しれっと口にした。騒動の種を自分が蒔いたことは、とっくに棚に上げられている。

「町で評判のスイーツを食べにきただけだってのに、なんで妙な勘違いをされなければならないのさ」

 魔女の使い魔と間違えられた老黒猫は、不機嫌そうに口をへの字に曲げながら、三つ目の「山羊ミルクとカボチャのモンブラン」にフォークを入れた。それは、その日最後の「今日のスイーツ」であった。

 母親からはたかれ、口をきいてもらえず、他の猫たちからは大笑いされた上、お目当てのスイーツを食べ損ねた息子猫は、老黒猫の前の皿が空になっていく様を、悲しい気分で見つめるよりほかなかったのであった。


 その後、カフェ「縞三毛」では、カウンターを挟んで向かい合った女主人と母黒猫がひそひそ話を長々と続けていた。

 「だからね、ハロウィン当日はこの格好でウェイトレスのアルバイトをやってほしいんだよ。ちょっとイベントっぽくしたいんだ。給金ははずむから」

 「お気持ちは分かりますよ、でもね、さすがにこれはないでしょう。私には大きすぎる」

 「これはキャラクターのトレードマークだよ、これがなかったらただの地味なワンピを着た黒猫になっちゃうじゃないか。」

 「せめて、赤い首輪にしてくださいよ、こういう細いの。それと、ウェイトレスをするならエプロンがないと。」

 「しかたがないねえ、せめて、エプロンは華やかなのでたのむよ。白い木綿で、フリルが付いた奴。ああ、それならいっそ、首輪も赤いリボンはやめてこんなのにするとか」


 そして迎えた十月末日。
 カボチャやらお化けやらの飾りつけで賑やかになったカフェ「縞三毛」には、濃紺のワンピースにゴージャスなレースやフリルがあしらわれた白い胸当てエプロン、そしてエプロンの飾りとおそろいの白レースの首輪をつけた黒猫ウェイトレスがいたとかいなかったとか。
 「なぜハロウィンなのにメイド?」という疑問を、来る客皆が抱いたとか抱かなかったとか。

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