暮らしはじめの頃

2010年1月17日 (日)

滑り出しで躓いた話

 ガチャ子さんの引っ越しには、母もつきあってくれました。自分がいれば少しは新しい生活にもなじみやすいだろう、という理由からでした。

 結果的にものすごく助かりました。ガチャ子が新生活になじみにくかったからではありません。駅から私の家までタクシーを利用したのですが、乗るときに歩道と車道の段差に躓いて転び、ケガをしたからです。私が。

 私が転んだとき、ガチャ子さんのキャリーバッグはすでにタクシーの座席に置かれていました。キャリーを抱えたまま転ばなくて良かったと、本当に思います。年寄り猫が骨折でもしたら、大事ですから。

 猫が落ち着いたら、近くのレストランで母においしいものでもごちそうしようかと考えていたのですが、膝と足首をぐるぐる巻きにされ、2・3日は安静にするように接骨医の先生に言われてしまいました。

 ガチャ子さんの世話は私がしたものの、食事作りや買い物など、母にしてもらいました。自分一人だったらかなり大変だったと思います。食事はすべて出来合いですませたことでしょう。

 母が私の家にいたのは4日ほどでしたが、母がガチャ子さんに積極的に関わったのは一度だけ。引っ越しの夜、母と私が就寝した後、不安になったガチャ子さんが大声で鳴き始めた時です。「起きて行ってなだめないとだめかな」と思った私が行動を起こす前に、母がぴしゃりと叱りました。

 ガチャ子さん、ものの見事に夜鳴き終了。18年半の間に、「母=逆らってはいけない人」という図式がガチャ子さんの中にできあがっていたようです。

 私はというと、一緒に暮らして4ヶ月近くになりますが、どうもなめられている気がしてならない。チョロい奴、と思っているようです。
 まあ、それもまた良し。

2010年1月16日 (土)

新しい病院へ

 ガチャ子さんの引っ越しは日曜日。その二日後の火曜日に、動物病院に連れて行きました。引っ越しのストレスのケアはもちろんですが、病気持ちのおばあさん猫には、かかりつけ医が不可欠だったからです。

 引っ越前に、通院に便利そうな病院をネットで探してみたところ、開院一年未満の新しい病院が近くてよさそうということになりました。近いといっても、徒歩30分程度。猫を抱えて歩くには少々遠い。ので、タクシーで行くことにしました。

 ガチャ子さんは行きのタクシーからワーワーと鳴きっぱなし。運転手さん大迷惑。
 「またどこへつれて行くつもりだい。あたしは車は嫌いなんだよ。これ以上無体なことを強いるつもりなら許さないよ!」

 ところが、病院で先生に優しく声をかけられた瞬間、愛らしさ全開で「ニャアア~ン」。

 引っ越し以来丸三日間、「アオー」だの「カーッ」だのという声しか聞いていないというのに、何それ―。外面がいいにも程がある。その昔、「ブリッ子」という言葉がはやりましたが、そのレベルはとうに突き抜けています。
 ブリ婆……?。

 ちなみに先生は、三十代の男性です。そういえば、昔から男性のお客さんが大好きだったガチャ子さん。まさに、三つ子の魂百まで。

 それはそれとして、診察室で事情を話し、血液検査と尿検査をしてもらいました。検査は別室で行われるため、私は待合室で待っていたのですが、検査の間中ものすごい声をあげて怒りまくり。

 体力が落ちているため暴れないよう抑えるのはそう大変ではなかったろうと思うのですが、それでも先生方の腕をひっかいたりしてやいまいかと、はらはらし通しでした。

 検査を終えたガチャ子さん、その後病院では二度と「ニャアア~ン」と鳴くことはありませんでした。よかれと思ってする治療で動物たちに敬遠される……獣医さんて、大変な仕事ですね。飼い主としては大大感謝ですが。

 検査結果の連絡は翌日。腎不全は三期。それもやや四期よりの三期でした。そのほか、膀胱炎にもなっているとか。

 それらの結果をふまえて先生は、考えられる治療法をいくつか、必要度の高い順に示してくれました。結局、膀胱炎の治療・療養食を試す・水分補給としての輸液をしていくことが決まりました。

 動物病院の先生には、このときこうも言われました。
 「まずは、二十歳のお誕生日を無事に迎えることを目標にしましょう。」

 こうして、ガチャ子さんの療養ライフが始まったのです。

2010年1月12日 (火)

怒りんぼガチャ子さんと安全毛布

 老猫ガチャ子さんを自分の家に連れてきたとき、一番心配だったのが、トイレとゴハンでした。生命維持の基本のその二つが何とかなれば、と思っていたのですが、この二つはいともあっさりクリア。家について一時間もしないうちに、新しいトイレを使ってくれました。ゴハンもぱくぱく。さらに、用意した寝箱(猫小屋)もあっさりと自分のものと認識し、一日目からその中で眠っていました。

 といっても、落ち着いた新生活スタートとなったわけではなく、よぼよぼの足でいらいらと廊下を行ったり来たり。
 また、ちょっとしたことですぐ怒る。おなかがすくと、カーッ。ゴハンが気に入らないと、カーッ。ブラッシングで、カーッ。便秘防止の大腸マッサージで、カーッ。私の足が当たったときにも、カーッ。

 一日何回となく、カーッ、カーッ、カーッ。やはりストレスだったのでしょう。

 こちらには無理な引っ越しを強いた引け目がありますから、文字通りの猫撫で声でなだめたり、またたびをやってみたり、鎮静効果があるというスプレーを撒いたり、あごの下や耳の後ろをホリホリと掻いたり……。

 この時期のガチャ子さんの精神安定剤として効果があったのは、弟が着古したトレーナーの切れ端でした。それを寝箱の中に入れてやると、落ち着くのです。そこで弟に頼み、同じように着古したポロシャツを洗い替え用として一枚、譲り受けました。

 しばらくの間、ガチャ子さんにとって弟のトレーナーやポロシャツは、大事な大事なライナスの安全毛布でした。けれども、ふた月を過ぎてカーッがめっきり減ったころ、それらもお役ご免となっていったのでした。

 でも、まだ捨てていませんけれどね。

 なお、着古しのポロシャツの代価として、新しい半袖Tシャツ2枚を弟に送ったところ、ステンレスのたわしが二個、弟から送られてきました。このたわし、かなりの優れもので、ガス台掃除やフライパン洗いに大活躍です。

 この姉に似ず、弟は意外と律儀者なのでした。

2010年1月11日 (月)

引っ越しの日

 母の家から私の家までは、タクシー・鉄路・タクシーという行程で、約三時間半。引っ越しの際、列車の中で大声で鳴き続けるようだったら、デッキで過ごすつもりでしたが、杞憂に終わりました。

 時折不安そうに「ニー、ニー」と小声で鳴くものの、声をかけてやるとおさまります。空いてそうな時間帯を選んだこともあり、車内はガラガラで、人様に大きな迷惑はかけずに済んだと思います。

 駅で列車を待っている間も、なるべく目立たないように待合いエリアの端の方に座りましたけれども、子どもや猫好きの方たちが代わる代わるガチャ子さんのキャリーバッグをのぞき込んでいました。

 網越しだったためによぼよぼの年寄り猫であることがあからさまにはわからなかったようで、「かわいいですね」とも言っていただきました。

 そういえば昔、ガチャ子さんを家に連れて帰るために電車に乗ったときには、みぎゃみぎゃ鳴き通しで冷や汗をかいたものでしたっけ。

 あれから19年半。ガチャ子は年を取りました。私も年を取りました。

 一緒一緒。