メモリアル

2016年5月 8日 (日)

アンズの(暫定)バースデー

 今日は母の日。

 大人になってから人との関わりを持ったアンズがいつ生まれたのか、正確にはわかりません。

 そこで3年前、一緒に暮らし始めたとき、母の日を彼女のバースデーにすることにしました。

 猫の写真集などに母子猫の姿が載っていることがありますが、最近、そういう写真を見る度に「ああ、このお母さん猫も、アンズと同じ表情をしている」と思うことがしばしばです。

 子どもを守らなければ、という意思が出ている顔なんですね。

 のんびりくつろいでいる時の顔も、甘えているときの顔も、母としての顔も、アンズの表情はいつも魅力的でした。

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2015年11月 8日 (日)

爪研ぎが座布団

 アンズは、なぜか爪研ぎの上に座るのが好きでした。幅が狭いので座り心地は良くなかったと思うのですが。

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 そこで、梅雨明け前に、大判の爪研ぎを取り寄せました。段ボール製品を専門に扱う会社のHPで見つけたものです。

 ところが、取り寄せてしばらくは、座るどころか爪研ぎとして使うこともありませんでした。リンリンも右にならえ状態。

 でも、8月に入るとこの通り。爪研ぎとして使うほか、気が向くと座っても居ました。

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 猫心は難しい。

2015年10月21日 (水)

思い出 快適な場所

 猫は、快適な場所を探す天才だとよく言われますが、本当にそうだと思います。

 夏の最中、アンズは玄関タイルで涼を取ることが多くありました。そのため掃除の頻度が上がり、今夏の我が家の玄関は、いつもに似ずぴかぴかでした。

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 秋口になると、リビングの段ボールベッドがお気に入りの場所になりました。
 このベッドはリンリンによるデザインが施されています。リンリンはデザインはするけれど使わないため、ベッド争いは起きませんでした。

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 いつもよりも早かった秋の到来。涼しくなるとやはり布地の上が快適なのでしょう。

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 眠り猫 うつろふ季節を 映しけり

2013年11月21日 (木)

三回忌

 今日、11月21日はガチャ子さんの三回忌です。

 2年前、長いこと一緒にいてくれた彼女に、しばしの別れを告げることになりました。あのときの深い喪失感は今も私の中にあります。

 アンズ・リンリンと暮らしていると、ガチャ子さんのことをよく思い出します。

 こういうところはガチャ子さんとは違うな。こういうところはガチャ子さんとよく似ている。

 でも、ガチャ子さんはガチャ子さん、アンズはアンズ、リンリンはリンリン。

 ガチャ子さんの代わりが欲しくて、アンズ・リンリンと暮らし始めたのではありません。
 “みんなちがって、みんないい。”

 ガチャ子さん、ありがとう。今も愛しているよ。

 アンズ、リンリン。これからも仲良くやっていこうね。今、一番可愛くて大事なのはあなたたちだよ。

  「ママー、ガチャ子さんて、誰?」

 「ほら、時々ここに来る大きな猫がいるでしょ。藻塩には見えていないみたいだけれど。」

 「ああ、あの変な模様のおじいさん猫?」

 「やい小僧っっ、誰がジーサン猫だ!変な模様だっ!」

 「きゃーきゃーきゃーっ、ママーっ」

 「……でたよ……」

 

2012年4月 9日 (月)

メモリアル トイレタイム

 本日のエントリーは、トイレの話題です。

  初めて猫や犬を飼う人に向けて、次のようなことがよく言われます。

 「犬や猫はかわいいだけではありません。餌やトイレの掃除など、毎日々々の世話をしなければなりません。それなりの覚悟が必要です。」

 猫は体臭の薄い動物です。そのかわり排泄物の臭いはかなりのもの。 悪臭に耐えながら1日に何回もトイレの砂やペットシーツを交換するのは、やはり一仕事。私も、ガチャ子さんが若い頃には、トイレをキレイにした途端に汚された時など、正直ヤレヤレと思ったこともありました。

 けれども、老い先が短い上に腎不全を患っているガチャ子さんと再び暮らし始めて以降、私の猫トイレ観は一変しました。

 年老いたとはいえ臭いは昔のまま。帰宅後にリビングの内扉を開けた途端にトイレの汚れ具合が鼻でわかったものでしたが、そんなとき私の声はおもわず高くなるのが常でした。

 「出たの?よかったねえ、すぐにきれいにしてあげるね」

 トイレ掃除が終わるや否やいそいそとトイレにはいるガチャ子さんに、

 「きれいになったからね。ゆっくりたくさんしなさい」

 オシッコをした直後にトイレシーツを取り替えると、ほんのりとした温かさを手に感じたものでした。それは、命の温かさだったのでしょう。
 私はそんなところでも、猫と一緒の暮らしを実感していたのでした。

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 トイレ掃除が終わるのが待ちきれず、猫砂を入れる前にトイレに入ったガチャ子さん。このあとしばらく右に回ったり左に回ったりしながら、具合のいい位置を確かめておもむろに……だったのでした。

2012年4月 3日 (火)

メモリアル はなのいろもいろいろ

 墨壺に落ちたトラ猫のようだったガチャ子さんの肉球が、やはり模様付きだったことは以前書きましたが、最近耳にした話によれば、肉球の色や柄は被毛とある程度関連があるようです。なるほど、と納得。

 そして、被毛と関連のあるパーツは肉球だけではないそうです。

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 なるほどなるほど、鼻の色どりもにぎやかだったのはそのせいだったか、と改めて納得。 

2012年3月20日 (火)

メモリアル お彼岸

  今年の彼岸の中日は、今日の二十日。春分の日のお休みは二十一日のことが多いので、何となく違和感がありますが、閏年のためでしょうか。

 今月の初め、ガチャ子さんがお世話になった動物霊園からお彼岸の供養のお誘いをいただきました。所用で参列はかないませんでしたが、初めてのお彼岸くらいはと思ってお願いをしました。

 あのときは、夜遅くの急なお願いにもかかわらずガチャ子さんの見送りを引き受けて下さったことで大変助かりました。

 二十一日はガチャ子さんの月命日。もう、百二十日もの日が過ぎたのですね。

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 ガチャ子さんと一緒にセルフで撮った写真です。去年の4月。まだまだ元気だった頃です。

 抱っこ嫌いが顔に出ていますね。

2012年3月 9日 (金)

メモリアル クマザサエキスと花粉症

 3月、いよいよ春到来。美しい季節になりました、と言いたいところなのですが、花粉症の私にとって3月はなかなかに厳しい時節です。甜茶とべにふうきでなんとか日常生活が送れるようコントロールしてはいるのですが。

 甜茶は、症状を軽くしてくれるのですが独特の味がちょっとくせ者。二ヶ月以上飲み続けていると飽きも来ます。
 でも、ガチャ子さんとの暮らしで工夫が一つ増えました。クマザサのエキスを少し甜茶に混ぜると、緑茶風になって飲みやすくなるのです。

 ガチャ子さんのために買ったものの、開栓することなくそのままになっているクマザサエキスが一本残っています。このガチャ子さんの置きみやげで今年も春を乗り切ろうと思います。

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 11年、春の気配を窓越しに楽しむガチャ子さんです。ヒゲが前を向いていますね。

2012年3月 2日 (金)

メモリアル 気配

 父が亡くなってから十数年の歳月が過ぎましたが、亡くなった当初、父が使っていた部屋で読書などをしていると、ふと父の気配を感じることがよくありました。

 器用な父は生前、仕事道具の修理などを自室でよくしていたのですが、その折のような気配でした。
 そんなとき、私はわざと本から目を離さずに、父の気配を追ったものでした。それは一年くらい続いたでしょうか。残念なことに、時間が経つにつれて気配は感じられなくなっていきました。

 ガチャ子さんが旅立った時、私は期待をしました。父の時と同様にガチャ子さんの気配を感じることができるのではないかと。でも、残念ながらそういうことはありませんでした。考えてみれば当然ですよね。猫は、気配を消すのが得意な動物ですから。

 ただ、たまに、本当にたまになのですが、パソコンに向かって仕事をしている折などに耳が「ガチャ子さんの音」を拾うことがあります。

 フローリングに爪が当たる「カチッ」という音、猫小屋のカーテンにしていた新聞紙が「カサッ」と鳴る音。

 そんなとき私は、十数年前と同様にディスプレイから目を離さずにいます。けれどきっと、カーテンの陰からは尻尾がちょろりとのぞいているにちがいないと思うのです。

 こんなふうに。

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  好きなだけ遊んでいったらいいよ、ガチャ子さん。邪魔はしないから。

2012年2月26日 (日)

メモリアル 猫は差別する

  この間の休日の買い物帰り、バス停でほほえましい光景を目にしました。

 旅行帰りとおぼしき女性を、そのお連れ合いと思われる男性とコッカースパニエルがお迎えに来ていました。わんちゃんは、前足でしがみつくようにして女性にもたれかかり、尻尾を盛んに振っています。女性の方も前屈みになってそんな愛犬を優しく抱きしめています。そして男性は、愛妻と愛犬の様子を微笑みながら見守っていました。

 コッカースパニエルは、オカアサンが帰ってくるのが待ち遠しくてならなかったのでしょうね。

 「いいなあ」
 その様子を見て思わず思ってしまいました。

 ガチャ子さんは、私が帰宅しても「おかえり~♪」とは迎えてくれませんでしたから。いきなり「ゴハン!!」でした。

 母と暮らしていた時には、母の帰宅時には思いっきり「おかえり~、さみしかったよお」と甘えていたのに。

 差別だ。

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 両親の家にいた頃の、若かりし日のガチャ子さん。袋で遊び疲れてうとうと。